日本の飲食チェーンを「ポテトショック」が襲っています。2022年1月現在、マクドナルド、ケンタッキー、びっくりドンキーなど多くの飲食チェーンがフライドポテトの販売を休止せざるを得ない事態となりました。新型コロナウィルスの影響に加え、世界的な天候の悪化が原因で物流網が混乱しているためです。また、ここまで不足していても日本産じゃがいもを使用しない理由も注目すべき点です。
今回はマクドナルドを事例に①ジャガイモを海外産にこだわる理由、②その流通経路、③フライドポテト不足の原因、④そこからわかることを解説していきたいと思います。
フライドポテト用のジャガイモとは?
フライドポテトに日本産のジャガイモが使用されない理由は、シンプルにサイズが足りないからです。日本でジャガイモの品種と言えば生食用では男爵やメークイン、加工用ではトヨシロやスノーデンなどが一般的です。これらのジャガイモは、サイズ的にはせいざい握り拳ぐらいの大きさしかありません。しかし、ファーストフードで提供されているフライドポテトはその倍くらいの長さはザラにあります。
マクドナルドで使用されているジャガイモの品種は「ラセット・バーバンク」と言います。古くからアメリカで生産されている品種で、大きく、でこぼこが少なく、加工しやすい特徴を持っています。一方で、大量の農薬を必要とし、より多くの水を消費し、成熟するのに時間がかかるため、他のジャガイモよりも高価であるという側面も持ち合わせています。
このジャガイモは気候風土による問題により、日本では欧米ほどのサイズに育たないことから生産されていません。マクドナルドがポテトをアメリカ産にこだわる理由はここにあります。
一方、日本産の加工用ジャガイモはどう生き延びてきたかというと、ポテトチップス用として大活躍しています。原料となる生のジャガイモは、検疫上の理由から今のところ原則として輸入はできません。また、ポテトチップス製造後の鮮度と流通の効率を考えると海外では到底生産できるものではありません。国内の菓子メーカーは国内のジャガイモを使用することでしか、ポテトチップスを作りえなかったのです。
ポテトチップス用の主な品種であるトヨシロ、スノーデンは、皮が向きやすく、薄くスライスでき、焦げにくい特徴を持っています。意外に思われるかもしれませんが、ポテトチップス用のジャガイモは、生食用以上に丁寧に育てて、収穫しないと揚げたときに焦げなどの不具合が生じてしまいます。そのため、通常のジャガイモに比べて高値で買い取るケースがほとんどです。国内の菓子メーカーがジャガイモ農家のモチベーションを向上させたことで、日本のジャガイモ生産技術は発展してきたのです。
品種 | 特徴 | 用途 |
ラセットバーバンク | 大きく、でこぼこが少なく、加工しやすい | フライドポテト |
トヨシロ | 皮が向きやすく、薄くスライスでき、焦げにくい | ポテトチップス |
スノーデン | 薄くスライスでき、焦げにくい、長期貯蔵向き | ポテトチップス |
男爵 | ホクホク柔らかい | 生食 |
メークイン | きめ細かく硬い食感 | 生食 |
フライドポテトの流通経路
アメリカは世界第5位のジャガイモ生産国で、その生産量の約半分はフライドポテト用の「ラセットバーバンク」です。なかでも、アイダホ州はジャガイモの一大産地で国内生産量の約3割を占めます。
世界とアメリカのジャガイモ事情
〇世界のジャガイモ生産量は増加傾向にあります
順位 | 国内 | 生産量(千トン) | シェア |
1 | 中国 | 91818 | 24.8% |
2 | インド | 50190 | 13.5% |
3 | ロシア | 22074 | 6.0% |
4 | ウクライナ | 20269 | 5.5% |
5 | アメリカ | 19181 | 5.2% |
〇ほぼ全ての州で生産されていますが、アイダホ州とワシントン州が主要な産地地域です。この2地域で全米生産量の約半分を占めます。
〇アメリカでは、加工用ジャガイモの生産が非常に盛んで、生産方法は大規模な灌漑農業で、センターピポットスプリンクラーなどが用いられています
マクドナルドにポテトを卸しているJ.R.シンプロット社は世界で初めて冷凍フライドポテト製品の開発に成功した企業です。この会社は従業員10000人を越える大企業であり、世界最大の株式非公開企業の1つでもあります。
日本におけるフライドポテトの流通経路は、アイダホ州やワシントン州でジャガイモを収穫・加工し、カナダのバンクーバーで船に積み替えて輸入するというものです。
ポテトショックの原因
今回の「ポテトショック」ともいえる事態は、先ほどご紹介した流通経路で複数のトラブルが連鎖的に発生したことによります。その原因を3つにわけて解説していきます。
生産地で激しいと霜と大雨が発生
1つ目の要因は、生産地であるアイダホ州を中心に激しい霜と大雨が発生し収穫量に影響を及ぼし、供給が不足したことです。
近年、アメリカでは大規模な自然災害が多発しています。竜巻、大雨、洪水、ハリケーンと多岐にわたりますが、死者をもたらす大変危険な災害が増えています。アイダホ州では昨年の冬に大寒波、収穫期(9~10月)に大雨に見舞われました。凍えるような寒さによってできた霜がフライドポテト用に好まれる長さまでの成長を阻害した挙句、大雨によって収穫も妨げられたのです。
アメリカで深刻化している大寒波の原因は、温暖化加速に原因があることが近年の研究で明らかにされています。北極地域で形成される寒気団の「北極気団」は通常、「極渦」と呼ばれる強力な気流の渦によって極地域に閉じ込められています。しかし、温暖化によって極渦が弱まると寒気が南下し始め、中緯度地域に異常な降雪や寒波をもたらします。
経由地の港近郊での大規模水害
2つ目の要因は、船便の経由地であるカナダ・バンクーバー港近郊での大規模水害が発生したことです。
ブリティッシュコロンビア州にあるバンクーバー周辺で11月の中旬に発生した大豪雨は、大洪水を引き起こしました。幹線道路は土砂災害で封鎖され、大手鉄道会社は軒並み運休を強いられました。致命的だったのは、カナダ最大の港であるバンクーバー港への鉄道貨物輸送が全面的に停止になったことです。
バンクーバー港は1日当たりの貨物取扱量は5億5000万カナダドル(約4億4000万米ドル)にのぼり、自動車から生活必需品至るまでさまざまな貨物の輸送拠点となっています。12月以降荷役・輸送再開するもコンテナターミナルと内陸ターミナル間を結ぶ鉄道は依然復旧しておらず、荷揚げの効率が大変低い状態が続いています。
コンテナ不足による世界物流の混乱
3つ目の要因は、世界的にコンテナ不足が顕著になり物流網が混乱した結果、輸入遅延が発生していることです。コンテナ不足の原因は、新型コロナウィルスの蔓延が原因と言われていますが、それ以前からの複数の要因が重なり、現在に至るまで長期的な問題となっています。
①新型コンテナの生産量が低下
世界のコンテナ生産の約98%が中国で行われていますが、2017年のトランプ元大統領就任以来、米中貿易摩擦による荷動きの低下が懸念され、コンテナ生産量は大幅に縮小傾向にありました。改善されぬまま新型コロナウイルスのパンデミックを迎えてしまったため、先行きの懸念や工場の生産能力低下により、生産量は回復できませんでした。(なお2020年後期に入ってコンテナ生産量は倍増しています)
②湾口作業員不足による荷役作業の停滞
コロナウイルスの影響で世界各国で度々都市封鎖を実施し、港湾作業員が不足しましため、コンテナ貨物が港湾に滞留しました。
③欧米の経済活動の回復、アジア発の貨物の急増
2020年後半になると世界各国の経済活動が回復し輸出量が増加しました。アメリカでは巣ごもり需要が爆発し、家具、玩具、家電等の輸入が増加し、中国や東南アジアなどから欧米に運ばれる荷物が急増しました。その結果、急増したコンテナ物量と港湾作業員不足によって、コンテナ船の処理が追い付かなくなり、欧米でのコンテナ滞留、港湾混雑・船舶の沖待ちが連鎖的に発生しました。
フライドポテト不足の原因を簡単に説明すると、「新型コロナウイルスのパンデミックと北米での天候の悪化が重なり、世界的な物流網の混乱が影響しているため」と言えますが、深掘りしていくと上記で述べた大きな3つの要因が複雑に絡み合い、現在の「ポテトショック」に至ったと言えます。
フライドポテト不足から見えること
世界的なファーストフードチェーンであるマクドナルドだからこそ、今回の「フライドポテト不足」は世間の大きな注目を集めました。しかし、ポテトに限らず、半導体・木材・ワイン・マスク・消毒液などのあらゆるものが世界中で不足しています。新型コロナウイルスの蔓延で露呈したことは、網目のように張り巡らされたグローバルサプライチェーンは、ひとたびつまずけば簡単に崩壊してしまうほどに「脆い」ということです。
世界中の多数の事業者が複雑に連携しあって形成していても、たった1ヶ所分断や滞留が発生すると、全体が機能しなくなってしまっているのです。今回の「モノ不足」がまさにそうです。極めつけとなったのは、アメリカの急激な需要回復によってロサンゼルス港とロングビーチ港にコンテナ船がラッシュした結果、盛大にパンクして世界中のコンテナ不足に決定的な一撃を与えたのです。
アメリカと中国があまりに強大になりすぎた結果、この2ヵ国どちらかもしくは両者を介してばかりのサプライチェーンが形成されています。特定の国に依存しすぎる経済はリスクは高まるばかりで、現在まで続く米中貿易摩擦によって第3国である日本は大きく振り回されています。
日中貿易摩擦の問題 「経済の仕組みの違い」
アメリカは、企業が自由に競争して世界で戦っていこうという「自由主義経済」の考え方に対し中国は、国家主導で世界の経済競争を勝ち残ろうという「国家主導経済」の考え方です。
中国企業が急成長している大きな要因は、他国の民間企業より圧倒的に有利な状況に置かれているからであり、国を挙げて情報や技術を集めて発展していく中国のやり方をアメリカ(及び日本、ヨーロッパ諸国)は容認できません。
しかし、国のあり方そのものに関わる問題のため、解決策を見出すのは困難で非常に根深い問題と言えます。
新型コロナウィルスは急激に世界中の需供バランスを変動させることで、ほころびが出ていた現在のサプライチェーンの課題を明るみに出しました。その結果、中国に生産拠点を置いていた多くの企業がその依存度の高さを見直し、ベトナムや東南アジア諸国へ生産拠点を移管するに至りました。今回の「フライドポテト不足」で大いに痛感しましたが、現代はいつどこで大規模の災害や紛争などが起こってもおかしくありません。今後は、拠点配置を見直し、1国に依存しすぎない柔軟なサプライチェーンを構築していく必要があります。
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