現在も続くウクライナ危機は、直接的には「 ロシア 対 ウクライナ」の戦いですが、本質的には「ロシア 対 北大西洋条約機構(NATO) 」の様相を呈しています。とはいえ、NATOは実際に軍隊を派遣するわけではなく、ウクライナへの様々な支援物資やロシアへの経済制裁など間接的な戦い方をしています。これはひとえにウクライナがNATO非加盟国であり、直接介入することは第三次世界大戦に繋がりかねないためです。
NATOとは端的に表現すると「西側諸国の集団防衛組織」のことを指しますが、ロシア側にも同様に「集団防衛組織」が存在することをご存知でしょうか?名を集団安全保障条約機構(CSTO)といい、ロシアを含め6か国で構成されています。日本のニュースでは「ウクライナとロシア」「NATOとロシア」で取り上げられることが多いのですが、CSTOとその加盟国がウクライナ危機に対してどのように対応しているのかを見ていきたいと思います。
NATOとCSTO
そもそも、北大西洋条約機構(NATO)とは「集団防衛」「危機管理」「協調的安全保障」の三つを中核的任務とする政治的・軍事的同盟です。その本質は「集団防衛組織」であり、憲章の第五条には
『欧州又は北米における一又は二以上の締約国に対する武力攻撃を全締約国に対する攻撃とみなす。締約国は,武力攻撃が行われたときは,国連憲章の認める個別的又は集団的自衛権を行使して,北大西洋地域の安全を回復し及び維持するために必要と認める行動(兵力の使用を含む。)を個別的に及び共同して直ちにとることにより,攻撃を受けた締約国を援助する。』
と記されています。
今回のウクライナ危機は「ウクライナがNATO非加盟国であること」が両陣営の最大の焦点となりました。すなわち、ロシアにとってのウクライナは「NATOとの緩衝地帯」として重要であり「ウクライナを自らの勢力圏にとどめ、NATOに加盟させないため」に侵攻を起こしています。一方、NATOにとっても「ロシアとの緩衝地帯」であり「対ロシア政防衛策の最前線」をみすみす陥落されるわけにもいかない構図となっています。
そのため、「NATOとロシア」という構図ばかりがクローズアップされますが、ロシアもNATOと同様に「集団安全保障条約機構(CSTO)」を形成しています。旧ソ連圏の軍事同盟で、ソ連崩壊後に旧社会主義国が相次いでNATOに加盟したことに対して危機感を感じたロシアが周辺地域への影響力を保持し、NATOに対抗するために作った軍事同盟です。現在はロシア、ベラルーシ、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、アルメニアの6ヶ国が加盟しています。
集団安全条約機構の目的は「条約加盟国の国家安全保障、並びにその領土保全」です。ある加盟国に脅威が発生した場合、他の加盟国は、軍事援助を含む必要な援助を提供します。条約加盟国の大統領は、軍事力の使用に関する問題を提起することができ、その要請は集団安全保障会議により検討されます。
一見似たように思えますが、NATOとCSTOは同じ「集団防衛組織」でありますが、その有り様は大きく異なります。
CSTOはNATOのような全体主義ではなく、国ごとにかなりバラツキが出ており、統一感はありません。また、実質はロシアの下部組織と見られてもおかしくないほどに他国に決定権がなく、機能していません。今回は、ウクライナ危機においてCSTO加盟国は、どう反応して対応しているのかをご紹介したいと思います。
CSTO加盟国
ベラルーシ
どんな国?
「ヨーロッパ最後の独裁国家」と称されるベラルーシは、ソ連から独立して以降、ルカシェンコ大統領が30年に渡って長期政権を続けています。世界最北の内陸国で、国土の大部分が低地で、国内最高点の標高は345mの丘陵です。1人あたりのGDPはCSTO加盟国ではロシア、カザフスタンに次いで3番目に大きく、日本語では「白ロシア」とも訳され、正真正銘のロシアの「兄弟国」です。
ロシアとの関係性
ベラルーシのロシアへの依存度は異常なほどに高く、実に輸入の65%を、輸出の50%をロシアが占めています。ロシアとの蜜月な関係は、「ソ連至上主義者」のルカシェンコ大統領が造りだしたものです。ソ連崩壊時にもルカシェンコ大統領はソ連解体に唯一反対した議員とも言われています。独立後も他の東欧諸国が欧米に接近する中、ロシア寄りの態度を変えることはありませんでした。
ただし、ロシア寄りが鮮明でもロシアとの関係が順調であったわけではありません。ベラルーシは何度もロシアの逆鱗に触れ、輸入・輸出停止などの制裁も行われてきました。ロシアとの関係が限りなく近い=ロシアの意向に沿わない行為をするとすぐに反逆行為と認識されるため、常に顔色を伺いながら立ち回る必要がありました。
2020年には国内の選挙に不正があったと大規模デモ行われた際、反ルカシェンコ勢力にロシアが支援していると報道されました。一方、抗議デモに対してプーチン大統領はベラルーシ政府に財政的・軍事的支援も提供しました。これは「国内の混乱で、いつでも権力者の座から落とすことができる」というロシアからの圧力に他ならず、このことがきっかけでルカシェンコ政権は再び、超ロシア寄りの姿勢を示すようになりました。そのため、現在も、ベラルーシはロシアのウクライナ侵攻にも手を貸さざる得ない状態が続いています。
ウクライナ危機への対応
ベラルーシは、ウクライナ侵攻が始まる前からロシアへの協力が目立っていました。ミンスク合意(2015年にベラルーシの首都ミンスクで著名されたウクライナ東部紛争を巡る和平合意)で調停役として動いた際には、全方位外交を目指していましたが、2020年の大統領選挙騒動を気にロシアからの支援なしでは自身の体制維持ができないことを悟ったためです。
ウクライナ危機に対して、ベラルーシ自体は「ウクライナに部隊は送ってない」ようですが、ロシア軍をベラルーシに駐留させ、チェルノブイリまで侵攻することがありました。出撃拠点として自国領土を使うことを認めることは軍事侵攻に加担したと認識されるのは当然のことで、このことから欧米諸国はベラルーシも経済制裁の対象としました。2月27日には、ベラルーシで「自国を非核地帯とする」という憲法の条文を削除する国民投票が行われ、改憲が成立しました。これによりベラルーシ国内にロシア軍の核兵器が配備される可能性が高まり、世界をざわつかせる事態となりました。
カザフスタン
どんな国?
ユーラシア大陸の中央に位置するカザフスタンは世界で9番目に大きい国土を持ち、世界最大の内陸国です。石油、天然ガス、ウラン、銅、鉛、亜鉛などを豊富に輸出する資源大国でもあります。首都「ヌル・スルタン」は2019年に「アスタナ」から改称されたされたばかりです。中央アジアでは比較的政治が安定した国として認識されています。
ロシアとの関係性
カザフスタンはロシアにとって特別な存在です。旧ソ連圏最大の国であり、この国の政治は他の構成国へ大きく影響を与えます。旧ソ連時代には、核実験場が置かれ、数々の衛星を打ち上げてきたバイコヌール宇宙基地は今も現役で使われています。
2022年1月、国内では価格自由化政策の影響で液化石油ガスの上限価格が撤廃され販売価格が2倍に急騰したことに対して市民の不満が爆発、最大都市アルマトイで(政権への連鎖的不満も相まって)大規模な抗議デモが発生しました。デモは過激化の一途を辿り、一時空港を占拠し暴徒化、政府は非常事態宣言を発令しました。トカエフ大統領はCSTOに派兵を要請し、翌日には約2500名からなる治安維持部隊が入り、鎮圧化しました。
実はCSTOが加盟国の治安維持のために兵力を派遣したのはこれが初めてで、要請から数時間で決定が発表されたことから、ロシアはカザフ重視の姿勢を大きく示しました。迅速な派遣の裏には、ロシア勢力圏での抗議行動による政権転覆(親欧米政権誕生)をこれ以上許さないというプーチン政権の強い思いがうかがえます。
ウクライナ危機への対応
ロシアへの制裁が強まるに連れ、貿易や労働市場をロシアに頼っている国にも悪影響は波及します。特にカザフスタンはCSTO内でロシアに次ぐ経済規模を誇り、その影響力は計り知れません。とりわけ、穀物輸入をロシアに頼っているため、食品の不足と価格の上昇が問題となっています。
現在、カザフスタンはロシアと距離を置く姿勢を示しています。アルマトイでは2000人を越えるデモが発生しており、プーチン大統領を非難しています。カザフ政府は、「カザフスタンは制裁対象にならない」ことを国民に強調しています。
2022年4月2日カザフスタ大統領報道官が「我々はウクライナの領土保全を尊重する。クリミアもドンバス占領も認めないし、経済制裁も守る。ロシアが行っていることを戦争と呼ぶことにためらいはない。事実を発信する」と公式に発表しています。カザフスタン危機でいち早く軍を派遣し影響力を誇示したばかりのロシアにとって、今回のカザフスタンの一連の対応は青天の霹靂で、世界中に大きな衝撃を与えました。
キルギス・タジキスタン
どんな国?
キルギスとタジキスタンは共に中央アジアに位置し、国土の9割が標高1500m以上に位置する山岳国家です。キルギスは日本人と非常に顔が似ており、多額の援助の歴史もあって親日国としても有名です。タジキスタンは東部に6000~7000m級のパミール高原の山々が連なる「世界で最も高い位置にある国」です。
中央アジアで最も貧しい2ヵ国で、中国とロシアの2大国に挟まれ、経済的にも軍事的にも依存しています。タジキスタンはアフガニスタンにも接しているためテロ組織の防衛拠点としてロシア(CSTO)の軍事基地を擁しています。
ロシアとの関係性
両国の言語事情を見ると、キルギスはロシア語が公用語・キルギス語を国語としており、政治・経済・教育の幅広い場面をロシア語で使用されています。その傾向は都市部になるほど強く、首都ビシュケクではキルギス語を上手に話せないキルギス人も少なくありません。タジキスタンも、公用語こそタジク語ですが、旧ソ連圏であったためほとんどの人がロシア語を話すことができます。
現在、両国は中国に経済分野で、ロシアに安全保障分野で大きく依存しています。とりわけ深刻な問題として、中国の「債務の罠」に翻弄されており、実に両国が負う対外債務の約50%を中国が保有しています。これに伴い、中国に賃借する農地が増加しており、実質領土の侵略ともいえる事態が発生しています。
中国に飲み込まれないためにも安全保障分野におけるロシアの後ろ盾は非常に重要で、このことを理解しているロシアは両国に対しては泰然とした態度で接しています。つまり、両国のロシア依存度があまりに高いため、どう政治が転んでも、必ずロシアとの友好を関係を主軸とせざるを得ないことを確信しているのです。
ウクライナ危機への対応
ロシアには中央アジア各国から多くの出稼ぎ労働者が働きに来ています。高い失業率と予算不足に悩まされているキルギスとタジキスタンでは、ロシアへの出稼ぎ労働者の比率が他国よりも異様に高く、彼らが家族に送金することで生活が成り立っているのです。これらの送金額はキルギスでGDPの28%、タジキスタンで30%を占めています。中央アジア最貧国のタジキスタンに至っては家族の70%がロシアからの送金に依存しています。
ロシア経済が圧迫されると、出稼ぎ労働者の仕事が減り、賃金も低下する恐れがあります。加えて、ルーブル安で、家族に送るお金の価値も下がります。さらに、ロシアの銀行システムに対して制裁がかかっているので、公式な経路での送金を妨げて、より複雑で不安な送金手段へ頼らざるを得なくなる可能性が高くなります。結果、両国は国家予算と各家計の崩壊という2つの危機に直面してしまい、数百万人が食糧不足に悩まされる事態に至ったのです。
そんな危機的な状況にあるキルギス、タジキスタン両政府の立場は「中立」で当事国が平和的に紛争を解決するようにというスタンスです。「自分たちは小国で、紛争を止める影響力を持っていないので、私たち自身も偏見を持たないままでいる必要がある」とキルギスの大統領は述べています。しかし、国営メディアは紛争を報じることを避け、民間メディアが「ロシアの侵略に自国が軍事支援を提供することを密かに合意した」と放送した後に警察に襲撃されるなど一貫性はありません。
また、2022年4月2日政府は、ウクライナ侵攻関連の集会を禁止しました。国内では反対・賛成両方のデモが行われていましたが、国内の親露派、反露派感情を刺激するのを控えるためとしています。
アルメニア
どんな国?
黒海とカスピ海の間のコーカサス地方の中央に位置するアルメニアは、世界最古のキリスト教国家です。ノアの箱舟伝説で有名なアララト山の麓に国土は広がっています。アルメニアの歴史は悲劇の連続で、大虐殺や迫害を受けてきました。そのため国外に追放されたアルメニア人は世界中に散り、全世界に約758万人のアルメニア人が暮らす一方、本国に暮らすのは約297万人に過ぎません。
アルメニアの外交はロシアと緊密な関係である一方、隣接するアゼルバイジャンとトルコと敵対しています。トルコとはアルメニア人虐殺に対する歴史認識を巡り激しく対立しており、アゼルバイジャンとはナゴルノ・カラバフ(アゼルバイジャン領内にあるアルメニア人の居住地)の領有をめぐって現在も対立が続いてます。両国と外交関係を持たない徹底ぶりで、周りは敵だらけという状況です。
ロシアとの関係性
目立った産業も無く、国力の弱い同国はロシアの庇護下のもと国内にロシア軍が駐留しています。これまでロシア勢力圏下にあった同国は、18年に誕生したパニシャン政権で、外交政策の多角化の一環として欧米(NATO)へと接近しました。CSTOとNATOの「両賭け」をしようとしている同国の姿に強く不満を示したプーチン大統領は、2020年にアゼルバイジャンがナゴルノ・カラバフに侵攻した際、アルメニアに対して軍事支援を一切行いませんでした。
アルメニアはこの戦争に敗北し、その際にロシアが介入し停戦合意へと至りました。そのタイミングは絶妙で、ロシアは戦わずしてナゴルノガラバフに停戦を監視する「平和維持部隊を常駐させる」という外交カードを入手しました。加えて、アルメニアの立場を悪化させ、同国を従来の親露路線に戻さざるをえない(従属化させる)状態を作り上げました。
ウクライナ危機への対応
アルメニアはウクライナ危機が激化する中、目だたないように努めており、同盟国としてロシアへ外交的支援を行っていますが、それ以外の点ではほとんど沈黙を守っています。ロシアを組織から追放することを議題にした欧州評議会の投票(2022年2月26日)で、アルメニアは「反対」に投票した唯一の国です。
ここで理解していただきたいのは、アルメニアのあまりにも辛い現状です。多くのアルメニア人はウクライナ人に対して同情しています。しかし、周辺国が軒並み敵国で、ロシア経済に依存しきったアルメニアは、ロシアと主従関係を築くしか道がないのです。欧州議会での「反対」もアルメニアをさらに孤立させかけない行為ですが、選択肢も代替案もありません。
2022年3月、ロシアがナゴルノ・ガラバフに駐留していた2000人の平和維持隊をウクライナ攻撃の戦力に補填するために移動させたという情報がリークされました。この地がもぬけの殻であることをを知ったアゼルバイジャンはがナゴルノ・ガラバフへ小規模攻撃をはじめたのです。
アルメニアがドローン攻撃で死亡者が出たことを非難する一方、アゼルバイジャンは「停戦協定により撤退してるはずのアルメニア軍が駐留していることから、停戦規定違反だ」と非難する事態になっており、ナゴルノガラバフ紛争の再燃が危惧されています。ロシアのウクライナ侵攻の余波は別の紛争地域にも甚大な影響を与える事態となっています。
おわりに
20年9月のアルメニアの戦争時にロシアはアルメニアに軍事的支援を行いませんでした。公式な理由は「戦争地域であるナゴルノガラバフが国際的に認めらたアルメニア領ではないから」としていますが、いざというときに助けない同盟に何の価値があるのでしょうか。
結局、ロシアにとってのCSTOとは有事に肩を並べて戦ってくれる仲間ではなく、ロシアに依存し、ロシアに敵対する同盟にも加盟しない、「ロシア従属国」をつくりだすための装置と言えます。残念ながらその成果はでており、加盟国の多くはロシア経済に頼る以外の選択肢も代替案も持ち合わせていません。
このCSTOこそ旧ソ連5ヶ国の成長を大きく妨げている諸悪の根源の1つと筆者は考えます。かつてのソ連構成国は、今でもロシアを構成する共和国の一部であり、自由な道を歩ませる気はさらさらないようにしか見えません。
CSTOが「集団防衛組織」と名乗ることは不適切である一方、西側諸国の常識が及ばない「同盟」の形が存在することも事実です。これは中国との外交にも当てはまることですが、我々日本人が定義する同盟とロシアや中国などが定義する同盟は決して一義的でなものではありません。全く異なる価値観の国(人)との付き合い方は常に注意する必要があるということです。
国名 | ロシアへの立場 | 特筆すべき点 |
ベラルーシ | 協力 | 国内の基地からロシア軍が侵攻 「非核」の憲法条文を削除 |
カザフスタン | 非難 | 年始にCSTOを派遣してもらった 本来禁止の反対デモを許可 |
キルギス | 中立(ロシア寄) | ウクライナ侵攻関連の集会を禁止 内密に軍事支援(?) |
タジキスタン | 中立(ロシア寄) | 内密に軍事支援(?) |
アルメニア | 黙認 | ロシア追放の欧州評議会で唯一反対 敵国との紛争地から軍を撤退された |
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