【ウクライナ危機】ロシア非難決議に棄権した3ヶ国とその理由

地政学

2022年2月25日にロシアのウクライナへの軍事侵攻に対する国連安全保障理事会(安保理)の会合が開かれました。ロシアを非難する決議案を採決した結果、常任理事国のロシアが拒否権を行使し否決されました。実は、この決議案は15の理事国のうち11ヶ国が賛成しましたが、ロシア1ヶ国が反対、残り3ヶ国が棄権するという事態となりました。

棄権した3ヶ国は中国、インド、アラブ首長国連邦(UAE)です。戦争と表現されるほどの事態を引き起こしたロシアへの非難を敢えて棄権した背景には、各国の置かれた地政学的事情を伺うことができます。今回は、3ヶ国が棄権した理由をご紹介していきます

中国

ロシアは2014年のウクライナ南部クリミア半島併合以降、欧米との関係が決定的に悪化し、経済面で対中傾斜を強めました。元来、両国は敵対関係にありました。今でもロシアは中国のシベリア進出を、中国はロシアの太平洋進出を阻むことを国防の重要事項にしています。そんな2ヵ国が関係を強化しているのはひとえに共通の敵である「アメリカ」の存在です。「敵の敵は味方」理論が最も機能している一例です。

ソ連崩壊後、ロシアは大国としての影響力を大きく落としてしまいました。かつては下に見ていた中国が、同等どころかはるか格上になってしまったのです。共通の敵を持つ同志として、プーチン大統領は中国との関係を深めていきます。近年は軍事面での連携も強化し、両国の関係は「全面的・戦略的パートナシップ」と表現されています。

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ただし、中国は今回のようなロシアの孤立に付き合う気はおそらくなく、中露同盟を演出することで欧米にゆさぶりをかけることを狙っているのではないかと推測されます。というのも、中国はロシアに対して経済的に貢献しておらず、むしろロシアの権益を浸食しているからです。

現在両国は共にアメリカと関係が悪化しているため協力を続けていますが、どちらかがアメリカと関係を少しでも良くしたら機能しなくなる一種の弱者同盟です。そのため、両国は戦略的な同盟国ではなく、妥協の産物的な脆弱な関係と言えるのです。

昨今の中国政府の関心事は、

①アメリカとの関係を安定的に管理することと

②自国の利益を最大限死守すること

に他なりません。そのため、中国にとってウクライナ問題でロシアの軍事侵攻を支持することは、アメリカと対立することを意味するため、敢えてそんな愚かな政策は打ち出しません。また、ウクライナ東部の2地域の「独立」を承認することは、新疆ウイグル、チベット両自治区の分離・独立に影響を与えるため決して認めません。

つまり、中国にとってロシアを支持する理由はないのです。かといって、敢えて敵国であるアメリカに同調する必要もありません。中国にとっての今回の完璧な答えは「沈黙」なのです。沈黙=中立、これこそが中国が自国への恩恵を最大限受けることができる選択で、その成果が実際に出ています。

①中立というだけで(味方のいない)ロシアに恩を売れるだけでなく、安く天然資源や食料品を輸入できる

②中立のため、ウクライナ側からも停戦仲介要請を受け、絶妙な外交ポジショニングを獲得できる

③貿易戦争中のアメリカとの関係性にも変化が生じ、米中関係改善と経済貿易促進に繋がる可能性が生じる(事実、バイデン大統領の中国批判もトーンダウンしてきた)。

④(後述するが)インド太平洋における中国包囲網に風穴を開けることができる

今回の非難決議において、中国は強く「内政不干渉」を誇示しています。その上で、「ロシアは独立自主の大国で、己の判断や利益に基づき自国の外交や戦略を決めている」と語り、中国が介入する余地はないと述べています。中国にとってウクライナ危機は、待ち構えているだけで得をし、アメリカ主体の国際秩序を崩壊させる絶好の機会となっているのです。

インド

「世界最大の民主主義国家」であるインドは、先日のロシア非難の国連決議で棄権をした国の1つです。インドと言えば、アメリカと貿易・投資・援助・安全保障などの分野を中心に極めて重要なパートナー関係にある印象を受けます。近年では、日本、アメリカ、オーストリアと共に連携して、自由主義の価値観のもと安全保障と経済を協議する枠組み「Quad」(クアッド)に参加しているにも関わらず、棄権をしました。

クアッド構成国

この最大の理由は、インドの安全保障はアメリカ以上にロシアが必要不可欠なパートナーであるためです。敵対している中国との関係上アメリカと結びつきが強いことは事実ですが、インドは元々ロシアと仲が良いのです。冷戦以降、インドにとってロシアは最大の武器・兵器供給国なのです。

冷戦時代「非同盟」を掲げ東西どちらの陣営にも属さなかったインドは、西側諸国(とりわけ、米国)から武器を供給してもらえない状況にありました。隣国パキスタンや中国と紛争が続く中、武器の供給をしてくれたのがソ連です。1971年にソ連と「平和友好協力条約」を結んで以降、両国(自国)の利益を最大化する外交戦略を行ってきました。

カシミール問題で深い溝を抱えるパキスタンに対してはインドも強硬路線にあり、国内でテロ攻撃にあった際に、度々襲撃や空襲を行ってきました。国連安保理において、インドに軍事行動の自制を促す決議が行われた際に、常任理事国であるロシアが拒否権を行使してくれたおかげで、制限されることなく軍事作戦を実施できた過去があります。

インドにとって「常任理事国(ロシア)の拒否権」は大変心強い後ろ盾で、軍事戦略においてはロシアとのパートナシップをより強固にしていきました。そのため、1978年にソ連がアフガニスタンに侵攻した際にもインドはソ連を支持しました。

国際連合安全保障理事会の議場 https://commons.wikimedia.org/wiki/File:United_Nations_Security_Council.jpg

この蜜月の関係は現在に至るまで続いており、モディ首相とプーチン大統領はほぼ毎年、相互に相手国を訪問し関係性をアピールしています。コロナ禍において各国の首脳外交が激減する中、プーチン大統領が外遊した回数は3回で、スイス(バイデン米大統領との会談)と中国(北京五輪開会式)、インド(モディ首相との会談)でした(2021年12月)。この訪問では、ロシア製の自動小銃をインド国内の国内で生産するという契約が締結されました。

蜜月の関係を築くモディ首相とプーチン大統領https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Vladimir_Putin_and_Narendra_Modi_greet_each_other_at_the_15th_Annual_India-Russia_Summit.jpg

近年は米国からの兵器輸入も増えましたが、現在に至るまでインド軍の兵器のほぼ6割がロシア製となります。既存の兵器のメンテナンスや弾薬・各種部品調達の必要性を踏まえると、ロシアとの関係性はインドにとって重要視したいのは自然な流れとなります。クアッドの一員でありながらも、自国の利益を最大化する多方面外交を続けるインドの強かさを伺うことができます。

2021年9月開催時の記念写真、この2ヶ月後にロシアとも会談をしているhttps://commons.wikimedia.org/wiki/File:P20210924AS-1147-2_(51707173079).jpg

以上、①兵器の供給、②対パ強硬路線の後ろ盾、③冷戦時代からの人的繋がりの観点から、インドはロシア寄りの姿勢を見せています。その結果、国連安保理の決議に棄権したものだと推測されます。クアッド内の結束を確認するつもりが、逆に温度差が浮き彫りとなる結果となりました。

ロシアで開発された地対空ミサイルシステムS4000の導入も決めたインドhttps://commons.wikimedia.org/wiki/File:%D0%A1-400_%C2%AB%D0%A2%D1%80%D0%B8%D1%83%D0%BC%D1%84%C2%BB.JPG

アラブ首長国連邦

中国やインドと異なり、歴史的に米国との関係性が強かったUAE(アラブ首長国連邦)の棄権は世界中に衝撃をもたらしました。もちろん、棄権は「中立」の立場でありますが、これはひとえに「アメリカへの不信感」から来ているものと推測できます。

これまでペルシャ湾の安全保障を担ってきたアメリカ、その軍事力に大きく依存してきたアラブ諸国(UAE、サウジアラビア)という関係はバイデン政権下で変化しました。ずばり、トランプ前政権で強力な同盟関係を築いた中東地域に対する軽視の姿勢が浮き彫りになったのです。

UAE ドバイ

トランプ前大統領は、アラブ諸国(UAE・サウジアラビア)と蜜月な関係を築いていました。とりわけ、サウジアラビアの事実上の最高権力者(No.2)であるムハンマド皇太子はホワイトハウスに訪問するなど非常に親しい関係にありました。しかし、現職のバイデン大統領はサルマン国王(No.1)とのみ対応し、皇太子を相手にしない(国の代表と認めない)外交を行いました。

バイデン大統領が皇太子を冷遇する直接的な要因が大きく2つあります。

1つ目は、2018年に政府に批判的だったサウジアラビア人記者のジャマル・カショギ氏が殺害された事件にムハンマド皇太子が関与していたこと(サウジは否定)です。2つ目は、現在も続くイエメン内戦にムハンマド皇太子主導のもと連合軍が介入し、深刻な人道危機を起こしていることです。

人権を重要課題に位置付けるバイデン大統領はこのことに大変不快感を示しています。この批判は正論であるのですが、トランプ前大統領の時と比べたらその対応の落差は凄まじく、皇太子は大きくメンツを潰されてしまいました。

赤が連合軍、緑がフーシ派勢力図 https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Yemeni_Civil_War.svg

特に、イエメン内戦にはUAEも連合軍の一員して介入していました。イエメンの反政府組織フーシ派が同国をドローン攻撃する事件が発生し、このことがきっかけでUAE側には「米国が守ってくれなかった」との強い不満が噴出しています。トランプ前政権はフーシ派をイランから支援を受けるテロ組織に指定しましたが、バイデン政権はテロ指定を解除、ドローン攻撃された後もUAEの要求を無視して同派をテロ組織として再指定しませんでした。

このような不信感が極度まで高まった上に、バイデン政権はアフガニスタンのタリバン化を防げず、イランの核合意に難航したりと、中東各国からの信頼は地に落ちるに至りました。結局、UAEの棄権は失望したバイデン政権へのあからさまなメッセージであり、報復であったとみられます。

現在、バイデン大統領は米国はロシアのウクライナ侵攻に対抗するための国際支援の確保や高騰する原油価格の抑制のために電話会談を手配しようとしていますが、両国の皇太子はいずれも拒否しています。

 この棄権から3日後、UAEに対してロシアはある接触を図りました。イエメンからドローンと弾道ミサイルでUAEを攻撃しているフーシ派をテロ組織指定し、武器を禁輸する決議をロシアが賛成したことにより、安保理決議2624号が成立しました。これまでロシアは、シリアで共闘するイランが支援するフーシ派に不利益となる措置には後ろ向きでした。アメリカへの不信感がロシアへの関与を高める結果となってしまいました。

おわりに

ロシア非難決議に対して棄権した3ヶ国の事情を見てきました。3ヶ国の動機は異なっており、簡単にまとめると、①中国は沈黙(中立)こそが自国の核心的利益を最大限享受できるため、②インドは国防上のライフラインを維持するため、③UAEはアメリカへの不信感から、棄権したと推測されます。

国連安保理は決して、普遍的価値に基づいて集団安全保障を提供しているわけではありません。安保理も結局は、国家によって運営される政治的団体であり、全ての理事国は自国の利益を守る意図を持って動いています。今回の一連の採択は、地政学的リスクを考慮した末に決断されたもので、この意図こそが国境を越えた共通の価値かもしれません。

この後に開催された国連総会緊急特別会合(3月2日)では、ロシアによるウクライナ侵攻を非難する決議を賛成多数で採択されましたが、安保理決議と異なり総会決議に法的拘束力はありません。あくまで国連として意思を示す意味合いが強いです。常任理事国というシステムが続く限り、国連は真に正しく機能できないことが今回のウクライナ危機で露呈してしまいました。

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