今回も、どこの国にも領有されていない土地(無主地)を見ていきたいと思います。
前回はアフリカのエジプトとスーダンの間に位置するビル・タウィールをご紹介しました。
今回は、ヨーロッパのクロアチアとセルビアの間に位置するゴルニャ・シガという地域を見ていきたいと思います。
そもそも無主地はどうして発生するかというと、その地域に接する2ヵ国が共にその領有権を放棄しているためです。
お互いが領有権を放棄する背景には、(不要である)その土地を相手国に譲ることで、(魅力的な)他の土地を自国領土に組み込むためと考えられます。
前回のビル・タウィールも今回のゴルニャ・シガもまさに、そのケースに当てはまります。
クロアチアとセルビアの国境地帯にあるゴルニャ・シガは、ドナウ川西岸よりの面積7㎢ほどの中州です。(画像の緑色の部分)
このエリアは、元々はセルビアの領土でしたが、ユーゴスラヴィア内戦の結果クロアチアが支配するようになりました。
戦後、クロアチアはこの辺りの国境線を自国に有利になるように引こうと画策しました。オーストラリア=ハンガリー帝国時代の境界線を持ち出し、画像の赤いラインが国境線と主張し、黄色のマークのエリアは自国領と主張したのです。
一方、セルビアは国境をドナウ川の中間線と主張しており、ゴルニャ・シガ(緑色の部分)はクロアチア領だと主張し、返還を拒否しました。
こういった経緯から、両国共に領有を拒否されたゴルニャ・シガは無主地となってしまったのです。
さて、国境紛争中のゴルニャ・シガに、さらに大きな問題が飛び込んでまいりました。
1人の男性が、「この土地に国を建国する」などと言い出したのです。
2015年4月13日、この無主地に目をつけたチェコ人のヴィト・イェドリチカ氏は、友人らとこの地を訪れて、この土地に「リベルランド」を建国すると一方的に宣言したのです。
国際法上において、無人島などは最初に見つけた国が領土にすることができます。その法にならって堂々と自らの領土を主張しました。
建国にあたって、オンラインで国民を募集したところ、30万人を超える申し込みがあり、イェドリチカ氏は初代大統領へと選出されました。
とはいえ、現在ゴルニャ・シガという土地に政府の建物があるわけでも、人が住んでいるわけでもありません。
というのも、この事態に激怒したクロアチアはリベルランドに入国しようとしたイェドリチカ氏を逮捕し、罰金まで科そうとしました。
翌年の2016年以降は、クロアチアへの入国も拒否されたようで、リベルランドは「大統領(自身)すら入国できない国」として当時話題になりました。
クロアチアが非常に警戒している一方で、セルビア側はこの事態を比較的歓迎しており、イェドリチカ氏の入国を認めています。
クロアチアからの入国ができない以上、セルビアからドナウ川を遡行して上陸するしか手段はありません。その拠点となるアパティンという都市への経済的メリット等を考慮し、好意的に対応しています。
しかし、河川からも国境警察が巡回しており、上陸することはできません、。そのためリベルランドの対岸にあるボートハウスが現在の拠点となっています。
イェドリチカ氏の裁判訴訟は、同じく混乱を極めています。
というの、罰金を科されたのが国境侵犯が理由なのであれば、ゴルニャ・シガはクロアチア領であるとクロアチアの裁判所が認めることになるためです。
自国の領土ではないと宣言している国が、自国ではない場所に対してどのように判決を下すのか、大変興味深いですね。ちなみに、罰金に関しては一度有罪判決を覆し、再審するように差し戻す事態になりました。
リベルランドの政治はどのようなものなのかを簡単にご紹介します。
大使館はイェドリチカ氏のプラハの自宅となっていますが、今後は対岸のボートハウスに移す予定のようです。
軍隊は持たず、政府の人員は電子投票で選ばれる予定です。
国の通貨はビットコインが運営され、ビジネス面での政府の介入は可能な限り最小限にしているようです。
税金はなく、希望者だけが納税するシステムで、基本原則は「互いに干渉せずに生きること」。
そのため、政府の補助はないのでお金持ちには優しく、貧乏人に対しては厳しい国と言えます
ゴルニャ・シガは、領土紛争から始まり新国家建設問題にまで至った混乱を極めた土地と言えます。
学習ゴルニャ・シガから見る地理学のおもしろさ
●クロアチアもセルビアも旧ユーゴスラビア連邦の構成国である。
●リベルランドはミクロネーション国家と呼ばれ、存在は認知されているが各国の政府や国際連合をはじめとする主要国際機関には承認されていない自称国家を指す
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